55 荒天帆走

真冬の北太平洋を単独で日本からアメリカに渡った馬鹿なヨット乗りが現在までに世界で2人います。

鴎盟(おうめい)の私と百鬼丸(ひゃっきまる)の佐藤正志さんです。
太平洋横断は春から夏にかけてです。
冬はいけません、命を落としますよ。
佐藤さんに言わせるとケープホーン(南米最先端の海の難所)より冬の北太平洋の方が怖いそうです。

最初の私の場合は太平洋横断2ヶ月の予定が、
ちょうど半分くらい進んだ日付変更線付近でマストを折ってしまい、
後の3ヶ月はスピンポールのジュリーリグで走るという経験をしました。
このときの嵐が最高で4日ぶっ続けで風力10オーバーでした。

4ヶ月の航海の内 3ヶ月は大時化でした。
冬の北太平洋は低気圧の墓場です。

風力10から12くらいはしょっちゅうです。
時にはスクリーミーと言われる海面も見えない くらい飛沫が舞い上がり全面真っ白 と言うこともあります。

何万トンもある本船が波の上に持ち上げられスクリューがゆっくり回っているのも何回か見ました。

ノックダウンという瞬時にマストを水面にたたきつけられる横転は数え切れないくらい経験し、
真っ逆さまも一度ありました。
天井に投げ出され天井に立つというのは不思議な感覚です。

そんな中で覚えた荒天帆走技術です。

究極のヨットの技術はそんな海には遭遇しないようにすることですが、
もし万が一そうなった時に生きて帰るのも荒天帆走技術です。


「波舵」

まず世界のヨット乗りの大勢は荒天でも出来るだけ最後まで帆走せよと言うのが主流です。
その後に戦いを止めてシーアンカーを流して受け身で休みを取り次の事態に備えると言う感じでしょうか。

どうしてそうなったのかというと、
今は全体に昔のように鈍重な船でなく軽くて波乗りもよく 早く走れる船が主流になってきたからだろうと思います。

風下側に陸地や危険なものがなければ、
当然クォーターリーくらいの楽な走りで風下に大きな波をアップダウンしながら下っていく走り方になります。

そのときに波の頂上で後ろから波が船を追い抜いていく時がたまにあります。
アレッ ラダーが空中に出たのではと思うくらい舵が軽くなります。

バラストがあるヨットではそんなことはありませんが、
このときが波舵を切る瞬間です。

この瞬間の後、
波が船より速く走るので船は水に対してバックすることになり、
いきなり今までと違う方向に当て舵をしなければ船首を大きく風上側に回されて波に横っ腹をさらすことになり、
ブローチングと言う横倒しの状態になります 。

ノックダウンほどは怖くないゆっくりとした横倒しです。

車が急カーブなどで横滑りした時に 逆ハンドルを切るのと同じで、
波舵を切ることが出来るようになるには、
訓練と勇気が必要です。

特に油圧を使ったラットの船は舵角を常に頭に置き、
殆ど無い抵抗を想定しながら、
後ろから波を受ける度にフル回転で端から端まで舵を一気に切ることを繰り返すことになります。

そうです波舵の後には直ぐに元の体勢に舵を戻す必要があるのです。

初めての時はラットを握って踏ん張る足がブルッて 喉がカラカラに渇きます。

要点は船首がどちらに回頭しているかを先読みする能力を磨くことです。

ヨット乗りと称する人が10人集まって出来るのは1人かな?
そのくらい経験を必要とします。

そんなことをしながらだましだまし最後の体力を残すところまで 帆走するわけです。
しかし限界はやってきます。

どうしようもなくなれば、
ストームジブ一枚からついにはベアポール(セールをみんな下ろしたマストだけ)になります。

ベアポールでもマストにかかる風圧で船は走りますので、
舵を持って走らせた方が安全な間は走らせます。

でも決して体力と知力を使い切ってはいけません。


「シーアンカー」

そしてついには守りの体勢のシーアンカーと言うことになります。

シーアンカーを入れる理由は、
ヨットは波の中で放置すると必ずどの船も波に船腹を見せる角度で漂い始めます。

理屈は簡単です。
一枚の横置きの紙の上に短くなった鉛筆を置いて、
両端を両手で持ち上げ
その紙を波を作るようにグニャグニャとゆらしてみてください。

鉛筆は必ず出来た波と平行に安定します。

その鉛筆の向きが波に対するヨットの前後の向きです。

ヨットの場合は大時化の中では船をひっくり返しかねない横波を船腹にくらい続けることになります。

試しにセールを上げないでエンジンを切り何もしない状態で普通の波の中を漂ってみてください。
必ず船は波と平行に安定して船腹を波風にさらす 事になります。

そこで船によるのですがシーアンカーをバウ(船首)かスターン(船尾)から入れることになります。

船型 重心位置 マストの位置 水線下の前後の面積配分
などによりどちらからシーアンカーを入れると少しでも波に立ちやすいかが決まります。

本当の大嵐になる前に自分の船で試して知っておくことが大切です。

少し波があるなくらいの時を利用してバウから入れた方がよい船かスターンから入れた方がよい船か試しておいた方がよいでしょう。

波に対して15度から30度の角度を保って安定するような、
シーアンカーの抵抗が必要です。

ドッと波が船を風下に運んだ時に、
シーアンカーが抵抗となってヨットをより波に直角に保ってくれます。

完全にその場に停止させるような大きな抵抗ではいくら波に直角に船を保っていても、
波で船が壊れてしまいます。

200メートルくらいの太いクレモナロープの先に車の古タイヤなどを付けます。
シャックルなどの金属類はいっさい使ってはいけません。
信用できる結びで止めます。

ロープだけのこともありますし、
抵抗を増やした方がよい場合もあります。
色々試して自分の船にあったものを用意しましょう。

ダンフォースアンカーは海面を泳ぐので重りの役にはたちません。

大切なのは一度入れると殆ど嵐が弱まるまで回収不可能なくらいロープが水の摩擦抵抗を受けると言うことを考えて、
決してあせってシーアンカーを入れてはいけません。

嵐にもだんだん慣れてくれば、
今まで死ぬほど怖いと思った波も、
ああこの程度かと醒めた目で見ることが出来るようになります。

いよいよどうしようもないと言う時までシーアンカーは使わないのが正解です。

私の経験では どんなに長い嵐でも4日続けば収まります。
人間が精一杯起きて動いておれる限界が3日です。

お世話にはなりたくないが、

いざというときには使えるように訓練と準備は怠りなくやりましょう。

シーアンカーのことも長距離航海では考える必要ありですね。

最後まで体力と知力を温存させるための、
嵐との戦いの道具と技を持たないと生きて帰ることは難しいですね。

 

以上が私が何回となく使った荒天帆走の技です。

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