83 五感を研ぎ澄ます(2003/11/06)

ショートハンド(少人数)外洋航海で一番大切なことは、
舵を手放しで放っておける船を選んだかどうかです。

私は若いときに太平洋一周28000マイルの航海をウインドベーン(自動操舵装置)もオートパイロットも無しでやりました。
ただ舵を自転車のタイヤチューブで縛っただけの手放し帆走です。

アビーム(船体真横)から 登りの風には何とかセール面積とセールエリア調整で対応できましたが、
少しでも風が真横より後に回るとお手上げでした。

ずっと舵を握っていないといけないのです。

トレードウインド(真追っ手の風)の場合はツイーンステースル(ジブセール二枚の観音開き)で、
ジブシートを左右から舵に縛ってセールに舵取りをさせました。

斜め風下方向に行きたい場合は、
先ず目標地点が真風下になるまで横に走り、
そこからツイーンステースルで真追っ手に走らせるというやり方で、
ノコ歯のようにギザギザに走らせて風下の目的地に到達したのです。

52フィートのヨットで沢山のクルーと一緒にハワイやグアムへの航海では、
一人4時間ワッチ(見張り)で24時間舵を取り続けました。

その場合の操舵手は舵取りに集中していなくてはならないので、
ヨットを操っているという操船感覚はあったでしょうが、
航海そのものを創造する船長の役目は出来ない訳です。

何が言いたいかというと、
舵を握って船を操船すると言う作業は長距離航海のほんの一部(0.1%くらい)の パートであり、
出来れば解放された方がよい仕事なのです。

 

 

それでは長距離航海の主たる仕事は何かというと、
安全な航海をするための情報収集とそれに対応するセールの変更と船体の維持と言うことになるでしょう。

最近特に進んできた電子機器に頼り、
気象、海象、自分の位置を知る、なども大切な情報収集ではあります。

ところが最後の最後に船を守るのは自分の五感なのです。

視覚は勿論一番大切なワッチ(見張り)で起きている間中フル活用です。
眠りを細かく寸断してしょっちゅうワッチをしていないと気に入らない人さえ居ます。

味覚はそんなに大切でもないかと思いますが、
航海全体に影響する自分の健康状態を維持するためには必要なものです。

触覚は船のあらゆる部分に触ってみて正常に働いているか、
異常な振動を感じないか、
これも大切な感覚なのです。

嗅覚は人間は犬ほどは鼻が利きませんが、
水平線の向こうから近づいてくる本船を事前に察したり、
陸が近づくと緑の臭いや車の排気ガスの臭いを感じ取ったり出来ます。

特に全く臭いのない海の上では陸で考えている以上のレーダーの役目を果たします。

聴覚は他の感覚よりも 船体の異変を早く知るために随分役立ちます。

カチカチとかギーギーとか波切り音意外で今までしなかった小さい音を聞き取ったときが、
トラブルの始まりを示す と言うことは良くあることです。

ラジカセを聞いたり、
風力発電のブンブン回る風車の音に平気でいたり、
エンジンで発電したり、

そんなことをしないでヨットの発する小さな音にも耳を傾ける事が、
長距離航海者のやらなければならないことなのです。

第六感というのもあるそうです。

私は経験していませんが、
胸騒ぎがしてひょいと起き出して船首を見たら、
そこに海面ぎりぎりに浮き沈みするコンテナーが見え、
すんでの所で回避したと言うような話を 何人かの長距離航海者から聞きました。

 

舵から解放されて、
五感を研ぎ澄ましあらゆる回りの状況をキャッチし理解して決断を下しより安全な航海を続行する。

それが自然に一番近づいたと感じるシングルハンド航海の楽しさなのです。

オートパイロットもウインドベーンも自動操舵装置ではありますが、
それらに大きな負担をかけないで、
船型そのものの持つ直進性を最大限引き出した船が横山晃さん設計のサバニ船型の船です。

素直な船に乗り日常の喧噪を離れて一人になったとき、
操船にも日々の船上生活にも煩わされない自然との対話が出来る自分になっていることに気が付くでしょう。

毎朝 東の水平線から朝日が昇り天空高く輝いてやがて西の水平線に沈むと言うごく当たり前のことが、
有り難いことだと思えるようになるでしょう。

陸上の生活では考えられない自然と自分だけを見つめる海上生活も一度はやってみると良いですよ。
原始の人間に少しだけ返ることが出来ます。

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