海で生き残る条件(3) 1983月12日
横山 晃


  人類の退化が始まった  

 大地震、大津波、大噴火、台風、豪雨など、大自然が威力の片鱗を見せるたびに、現代の人間違と現代文明の社会は、意外な弱点を暴露するようになった。

 百年前までの時代ならば、農業は確実に、餓死する人間を1人ずつ減らすことに成功してきた。 また、土木工事は大洪水や風水害の予防に向かって河川を改修し、海岸に防波堤を築き、渇水対策の貯水池を造ることにも1歩ずつ確実に成功した。 その上、暴風や豪雨に耐える家屋の構築、厳冬に耐える暖房と防寒衣類、豪雨の中でも活動できる雨具、水を渡る橋やフネ、などなど、すべての文明は大自然を制圧して、輝かしい幸福を人類に与え続けた。

 ところが、「輝かしい成功、それは文明である」と、教師が胸を張って子供達に教える時代は、もう続かなくなったようだ。 たぶんその時代は、すでに終わったのかもしれない。

 なぜなら、大震災が過疎地で起きても死者が出ないのに、大都会で起きると何百万人も死ぬ。 「それはまれに見る災害だから」と言うならば、台風や豪雨のような、日常的な災害でさえ、離島や田園の人達の方が、都会人よりも手慣れた対応を見せる場合が多い。 しかも現代の世相には、決して「都会人の方が文明や文化の程度が低い」という逆転などは無くて、やはり都会人の先進性は充分に保たれている。
 それでもなお、イザとなると文明人の方が弱いようだ。 また、「向う三軒両どなり」的な原始社会の人々の方が、「隣は何をする人ぞ」的な文化社会の人々よりも、より適切に、より確実に生き残る、という現象が、災害のたびに各地で見聞されるようになった。

 そのように「現代の先進的な人々よりも、原始杜会の人々の方が、災害に対して、優れた抵抗力と適応力を持っているらしい」という現象はいったい何を意味するのだろうか?………と考えさせられる。その結果、思い当るのは、
①   情報の多過ぎ。 すなわち、災害以外の平和時代の情報が、ファッション、ムード、経済、商戦、事件、などと、あまりに多いので、その洪水の中で「災害のための情報」などは、2~3週間の後には忘却の彼方へ流失していく。
②   人間の不器用化。 すなわち、長距離は足で歩けない。 日用品を手作りできない。 停電するとメシも炊けない。 鉛筆も削れない。 困ったことが出現しても隣家へ頼みにいけない。 そのうえ、その不器用さを、現代人は恥とは思わず、むしろ天下泰平のシンボルとして、誇りとする傾向さえあるのだ。
③   人間の体力減退。 例えば学童の骨折多発。 卒倒多発。 コレステロール激増。 偏平足激増。 高血圧傾向、などなど……
④   人間の精神力減退。 例えば現代人全般の忍耐力低下。 ファイティング・スピリット低下。 ノイローゼ多発。 ヒステリー傾向の増加、など……
⑤  人間の判断力(智力)の減退。 例えば100年前までの未開時代には、漁民と農民の80%以上、旅人の30%以上は、自分1人の超能力で気象の急変を予知できたようだ。 ところが、現代の文明人は、ポータプル・ラジオで天気予報を聞かないと、全く自力では判断できない人が大多数になった。

 以上のように現代社会の人々は、確実に野生を失いつつあるようだ。
 この①~⑤の中で、「海で生き残る」というテーマに対する重要性のランクを考えると、最も基本的な大問題と思われるのは⑤である。
 その次に大切なのは③④だと思われる。なぜならば、もしも以上の3項目の野性が挽回できたなら、①②の挽回は、時間と努力だけで逆転できるのだ。

 その⑤から連想するのは、大地震を予知するという難間中の難問でさえ、「ナマズの予知能力は60~80%」とか、「安政の大地震の1ヵ月ほど前に、江戸の町で地面に寝ていた浮浪者が、大地震が来る!! と騒いで嘲笑された」とか、……いろいろ言われるヒントを集大成して、現代人でも特別のトレーニングと特別の生活志向で超能力者を養成したら、数百人に1人とか、数千人に1人とかの確率で、大地震を予知する技能者の養成に成功しても不思議ではない。 という期待が湧いてきそうな気がする。

 まして、気象の予測ならば、以前には漁民や農民の80%以上が気象予測の超能力を持っていたし、現在でも多くの虫類や鳥類に超能力があると思われている。 その今ならば、特別なトレーニングと特別な生活志向に、毎週の1~2日を割くだけで、気象・海象の予測を、気象庁の予測よりも1桁上位の正確さで的確に実現する可能性は、少なくとも50%の確率で達成できるはずだ。
 ひいては気象悪化の急変を数時間前に予知して、順序よく対策を進めることで、海の遭難を他のダループに比べて数パーセント以下に留める、という可能性が出てくる。

 そのサバイバル・テクニック開発法が、「長時間帆走という練習法」であることを、前号(11月)と前前号(10月)のこの記事に書いたので、ご一読願いたい。


  長時間帆走に適するフネ  

 長時間帆走の練習コースを、もしも、初級・中級・上級と分けるならば、初級はディンギー、中級は小型のキール・ボート、上級は全天候の外洋艇を選ぶのが適切である。そして、すべてのコースは、シングルハンドで行なうのが基本である。 ……なぜ、シングルハンドなのか?…… と言えば、

㋑   もしも2人以上だと、お互いの人間関係への気遣いとか、会話とかに80%を費やす人ならば、大自然との会話は20%以下になる。 実際問題として、大自然とのつき合いを50%以上に拡大するのは絶望的なのだ。 だから、シングルハンドという割り切りだけで、上達効果は2~5倍になる。
㋺   休日とは言っても、8~15時間も海上にい続けると日常の疲れも出てきて、暇なときには居眠りも出てくる。 けれど、休息状態に見える大自然でも、その営みは絶え間なく続いている。 その中で、もしもシングルハンドならば、居眠りの最中でも色々な触角は働いていて、すべての観察が継続している。 ところが,仲間が何人かいる時は、すべての神経が眠りに落ち込んでしまう。 ……その結果は、2人ならば観察収穫が50%なのに比べて、シングルハンドならば、,独り占めの100%ある、という単純計算もあり得るようだ。

 そこで当然、初級コースに適するフネはシングルハンド・ディンギーということになる。 さらに具体的な条件を示せば、
①   中程度のシケも含めて、あらゆる情況に1人で適応できる大きさであること。具体的には全長 3.7~5.5m の範囲に絞られてくる。 しかも1人でフネを陸に引き揚げたり、無風の時に漕いだりするには、かなり軽量のフネでありたい。
②   粘り腰の復元力(大ヒールから起き直る能力)が特に優秀なフネを選ぶこと。 それは戸塚ヨット・スクールの風車クラスと正反対のフネであって、戸塚さんが短時間の練習効果を狙ったのと正反対に、当方は長時間の練習効果を狙うのだから、正反対の性格が必要なのは当然である。 その復原力は、水槽の中で静的復原力を競うコンクールと違って、波あり風ありの大白然の中で、高速疾走の最中にチンする一瞬が対象なのだから、それは自転車やバイクで原野を高速疾走中に転倒するダイナミカル・シーンと似ていて、横転などというナマヤサしいものでなくて、斜前方へジャンプするようにモンドリ打って飛ばされて行く光景を想像する方がよい。 そのようなダイナミカル場面の中の、恐怖の一瞬の最中に、粘っこく踏みこたえて、立ち直ってくれるフネが必要なのだ。
③   その激浪の中で生き残るには、チンしないだけでなくて、好調の疾走中はピッチングやスプレイが、なるべく少ないことが、人間が永持ちするために望ましい。 すなわち、フネが剛直に生き残っても、艇上の人間が落水や船酔いでダウンしたら、やはり長丁場は続かないのだ。
④   ティラーから手を離しても、5分や10分は変針せずに直進し続ける保針性が必要である。 吹きさらしのディンギーで長時間を過ごすには、セーターやアノラックを着たり脱いだり、食事やトイレや、ジブ取り込みやメイン・リーフなど、座ったままでは用が足りないことが、次から次に起こるのは当然だ。
 疲労度から言っても,「ティラーを手離せない」のは最低で、「時々ティラーから手を離す」のは少し助かり、さらに「時々ティラーを持つ」という方法ですむなら、何時間でも頑張りが利く。 保針性を実現するには、チューニングが大切なのはいうまでもない。
 けれど、チューニングすれば手離なし可能」というフネと、「チューニングしても手離し不能」という先天的不能艇とが、厳然と実在することを、忘れてはならない。 ……だから「手離し可能」の先天性を持ったフネを選ぶことが大切なのだ。
⑤   ジブなしでも走れるスループ・リグ ……色々なディンギーでトライすると、ジブなしでうまく走れないフネが意外に多い。 また、スループの方がキャットリグよりも適応風域が倍増するので、海上の生き残りに適する。 そのうえ、1~2秒でリーフできるメインセール。 またしかもそれが、強風の海上で、走りながら、スムースにできること、という艤装も必要である。
 そのジブなしの最小メインならば、ジブつきフルセールに比べて、風圧モーメントを20%以下に低下できるから、②③の条件と併せれば、20m/Sの烈風になる直前まで帆走可能になる。 ……その意味で、キャットよりもスループの方が良いのだ!!
⑥  自分1人の意志で使えること。 例えば、最悪の時には艇を見捨てて人間だけ生き残る決断が出来る、とか、遠隔のクルージング先にフネを預けて、人間だけが引き返す決断、などが、自分の一存で自由にできるフネであること。 そのためには、自分1人の所有艇であること。


 上記①~⑤を満足させるディンギーとしては、フィバロー、Y14、Y15、ソーラー、シード、シーホースなどが適切であって、オリンピック種目や国体種目のレーサーは、総て不適格である。
 上記の6艇種が、すべて私の設計作品なのは、私はすでに、45年前に、「長時間帆走」の練習を経験し、これ以上の練習方法は無いと思い込んできたので、設計するヨットの完成度審査の基準として、いつも長時間帆走を意識していた。もしも払が、設計家の立場を離れて、公正無私の立場で選択しても、上記の6艇種を選び出すという結論に変化は無い。
 ところが、シード、シーホース以外の4艇種は、自作艇種であって、量産艇種ではないので、手に入れるのは容易でない。
 すなわち
Ⓐ   4艇種の中でY15だけは辻堂加工KKがFRP艇の 注文生産に応じるので、早目に注文すればよい。 またY14ならば大きさ、性格、性能などが手頃なので、多くのユーザーやメーカーに注目されている。 だから、稲毛マリン、日本OPヨット・セールス、辻堂加工などに要望を出せば、どこか1社は注文に応じるかもしれない。
Ⓑ   アマチュアエ芸家のヨットマンが自作建造した作品が買えれば一番よい。その艇なら、それぞれ自分用に製作したフネだろうから、手抜きは無いはずだし、怪しい材料を使うはずもない。 という意昧で「味方の作品」という安心感がある。そのフネを買うには、下記の窓口に相談の手紙を出して、「そのフネを売りそうな自作者」もしくは、「製作中のフネを、半年以内に売ってくれそうな自作者」を紹介してもらい、次にその本人に手紙を出して交渉すればよい。 その窓口は、
  • 青木ヨット工房……大阪府高石市羽衣4-4-B29
  • Y14クラプ……鎌倉市梶原1389-3 高崎史典
  • Yメンズクラプ……東京都中野区江古田1-6-19
Ⓒ   以上のⒶ~Ⓑと並行して、舵誌の「告知仮」の頁に「買いたし」と申し込むのもよいし、「売りたし」欄を何ヶ月分か調べるのもよい。
Ⓓ   以上のように、量産してない艇を買うのは意外に大変なのだが、嫁さんを探すのと同様の楽しさがある。

 ともあれ、生死を共にするフネなのだから、安直でなく,骨が折れる方が良いのだ。 ……すると最初は、自作する場所が無い、時間が無い、経験が無い、技能が無い、などと、無いことだけしか思いつかなかった人でも、こうなれば場所だって時問だって、その気になれば何とかなりそうな気になってくる。
 もしもそれができれば、第1に建造費は(材料費だけで足りるので)半値で済むし、その支払いは毎月のポケットマネーから叩き出せる程度の出費を累積すれば、全額が済むのだから、貯金しながらフネが残っていくというイージー・ペイメント方式なのだ。

 そのうえ、その「実船を作り上げた」という実績は貴重で、やがて10何年か20何年か、それとも30何年かもしれないが、60歳になって退職したときにアクセクせずにマイペースでできる仕事の候補に、造艇を加えることができる。すなわち、老後の体力で無理しない程度に、毎日を楽しみながらフネを作り、熱心なヨットマンに売り渡せば喜ばれるし、自分は退屈しないで済み、その上に小使い銭まで手に入るのだし、以後は失業も停年も無いし、変な上役や部下の苦労が無いだけでも助かる。

 などと考え、「案外に自作も悪くない」という気になったら、迷わずにトライすればよい。  万一、やり損じても、その部分だけ作り直せばよいのだから、経験は無くても、技能はなくても、恐れる必要はないのだ。

(次号につづく)

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