日替わり写真


2009年07月31日

父島から帰りの航海

土砂降りのスコールだが風はほとんど無い

ハードドジャーの後端から日除けのテントを張りだしているが
そのテントに雨が溜まりバケツで雨水を集めることが出来る

集めては20リットルのタンクに貯めておいて
体を洗ったり洗濯をしたりとふんだんに真水を使った

それでなくても300リットルある水タンクは
小笠原父島往復だと一人では充分すぎる量だ
今度の航海は水に関しては全く問題のない航海だった


2009年07月30日

父島への航海

土佐清水から小笠原父島への航海

父島に近づくまでは殆どが向かい風
インナージブ+メインセール+ミズンセールで
ウインドベーンとショックコードでコントロールできる風力だった

この写真ほどのヒールは滅多にない
殆どが15度以内のヒール角度で楽な走りだ

ニュージーランド航海で割れたメインマストのスプレッダーも全く問題なく
これで何処までもいけるシェークダウンも終わったと思った

 


2009年07月29日

父島出航初日


父島出航初日は度々大きなスコールが来て風もどんどん変化した

写真は追っ手の風になり
インナーステースルジブセールとフルメインセールを観音開きにして 西に向かっているところ

初日はしょっちゅう風向風速が変わるのでセール操作に大わらわ

一人で何時間も続けてセール操作をするのは疲れる
うとうとっとすると直ぐに起きないといけない
その後風が安定してきた時には ホッとしてぐっすり寝込んだ


2009年07月27日

航海中の魚


高知県沖で写真のサバと小さなカツオが釣れた

船は汚れるし一人で食べることが出来ないような魚が釣れると嫌なので
2回トローリングをしただけだが二回とも釣れた

上の写真は飛び込んできたトビウオ4匹の内の最初の一匹

大きいのは40センチ近くあるトビウオもいる
小さいものは5センチくらいのトビウオでもデッキ以上の高さを飛ぶのか入ってくる

トビウオの塩焼きは特別に美味い
それに勝手に飛び込んでくるし船は汚れないし大歓迎だ


2009年07月26日

「天城」(あまぎ)

一番左ブルーの船体が
渡辺修司さんの木造艇「天城」

三重県五ヶ所湾へ良く整備されたノラ21に乗せてもらって見に行く

30年以上前に造ったとは思えない良い作りだったが
最近ほとんど放置状態だと言うことであちこちガタガタだった

修理するかどうか費用対効果を見極めねばならない

外板ダブルプランキングの内側プランクが解っただけでも4本は腐っている
ステム材のデッキに近い部分が完全に腐っている
木造マストは下の方が作り替えるしかないほどの腐り
デッキは張り替えないと歩くことが難しい
コクピットとドッグハウスも全部取っ払って作り替えだ

「うーん」 と考え込んでしまう


2009年07月24日

菅野さん

小笠原父島出航前日
小笠原ヨットクラブの菅野さんの「おいこす」と言うヨットに乗せてもらった

流石に昔から定評のあるアリエスベーンというイギリス製のウインドベーンはよく働く

その夜は出航前日と言うこともあり21:00までと時間を切って小宴会

一緒に乗った小笠原の3人には良くして頂いた
もし次回があれば是非僕の「花丸」にも乗ってもらいたい

写真は全く加工していない
海の色は父島二見港を出ると直ぐに真っ青な外洋の色になる


2009年07月23日

父島 避難岸壁

「花丸」は港湾課の指導の通り避難岸壁という所に停泊

昔はこんなのはなくて海だったところ

メインマストとミズンマストの間に2艇小笠原のヨットが見える

一つは「オケラ」もう一つは「おいこす」
「おいこす」 は現在小笠原ヨットクラブの会長菅野さんの船
彼は新婚旅行でこの船で南太平洋を何年も旅した

出航前々日に初代小笠原ヨットクラブ会長渡辺さんと菅野さんと僕と3人で酒を飲んだ
これで9度目の父島 自然と友達が良いなと思う


2009年07月22日

小笠原から帰りの夕日

父島からの帰り初日は雷と雨に悩まされたが
後の4日は良い天気に追っ手の風で最高の航海

毎日右舷後方から太陽が昇り
写真のように左舷前方に沈んで行った

インナージブとメインセールは上げっぱなしで
追っ手の風では使わないミズンセールは下ろしてセールカバーをかけた

時々ヤンキージブを追加したりメインセールをワンポインドリーフしたりしながら
ワッチと読書の楽な航海だった

それにしても5日と10時間は
32フィートの船で全く舵に触らない航海としては速いスピードだ

シングルハンドで食事を作る事にあまり興味を持たない僕は
今度の航海で5キロ痩せた
後1ヶ月航海したら10キロ痩せるかなあ?


2009年07月19日

瀬戸大橋下通過中の花丸と真澄人

18日土曜日には小豆島早朝から大三島まで
機帆走で15時間走り通して20:00大三島に着いたのですが
風呂にも入れず食堂で食事をするのがやっとでした

7月19日に弓削島でヨットレースがあるとかで
途中沢山のヨットを見かけました

「風太郎」というヨットだったと思うのですが
すれ違いざま「お帰り!!」という声がかかりました
きっと僕のホームページを見てくださっている方なのでしょう
思わず嬉しくなりました


2009年07月19日

小笠原父島を含む四国一周航海から
柳原漁港に帰り着きました

本日12:00柳原漁港にたどり着き
やっと定置舫(もやい)を拾い上げ花丸を片づけて家に帰り着いた所です

メールと手紙の洪水を片づけて
さて少し昼寝をします


2009年07月06日

ひょうたん島

父島ヨットクラブの菅野さんのヨット{おいこす}に乗せてもらって
ひょうたん島という近くの島へセーリング

ブイを拾って停泊した

菅野さんがソーメンを作ってくれて氷でキンキンに冷やしてみんなで頂く

帰りはウインドベーンの走りを見せてもらった
イギリスのアリエスベーンと言うヤニックさんも付けていた物で
素晴らしい動きだった

僕がかぶっているのは次郎さんがココヤシの葉っぱで編んでくれた帽子
風が抜けて涼しそうでしょう


2009年07月05日

アウトリガーカヌー

花丸が泊まっている避難桟橋の反対側に

アウトリガーカヌー7艇引き上げてある

ポリネシアで見たカヌーと少し形が違うような気がするが
確かに漁労用のカヌーである

マストも無く櫂も無い
小さい船外機で動かしている
プラスチック製だが軽快な感じがする


2009年07月03日

避難桟橋に泊まっている花丸

花丸なら5艇は縦に停泊できるだろう立派な桟橋

外部の船を受け入れる為のもので
地元の船は停泊できない事になっている
荷物やお客の積み卸しで一瞬泊まることはある

花丸の沖に泊まって居るのは高知県から来た延縄漁船で
主機が壊れて動けないので僚船が3日間かけて引いてきた

小笠原丸が入港してエンジニアが来たが次の小笠原丸入港まで
修理のための部品が手に入らないとかで
後1週間くらい停泊するそうです

僕は今度の月曜日7月6日に高知県を目指して出航する予定です

 


2009年07月02日

小港海水浴場

村営バスに乗って終点の小港という海水浴場へ来た

緑一色のブッシュを抜けると真っ白の砂浜と何処までも澄んだ海そして青い空
結局泳がなかったが休憩所のベンチに座って涼しい風に当たりうとうとした

昼を過ぎると観光客が二組10人ほど来た
彼らも小笠原丸が出ても島に残っている人たちなのでのんびりと海に浸かるだけで
昼寝が主目的の様だった

14:30のバスで町に帰ってくるとまたもや焼け付くような暑さに逆戻り


2009年07月01日

高知のカツオ漁船

写真の第23海援丸というカツオ釣りの漁船が入ってきた

主機が動かなくなったので他の漁船に引かれての入港だった

僕の花丸は端に移動して写真の左隅に見えている二本マスト

乗り組みは半分くらいが東南アジアの人みたいだ
彼らは早速昨夜は近くで魚を釣りバケツに半分くらいも釣り上げていた
カツオ以外の魚を食べたいのだろう

僕は原色の熱帯魚のような魚を見ても食欲がわかない
松山なら熱帯魚として売られているような魚がいくらでも泳いでいる


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