日替わり写真


2011年07月31

四国カルスト

昨日の朝は四国カルストで寒くて目が覚めた

太陽が昇るまでの間車でうろうろとその辺りを走った
牛が放牧してあり有刺鉄線で道路とは隔てられている
でも何頭かの牛は道路にも出てきている

同じ道を帰るのも面白くないので道の駅からりと言うところでソフトクリームを食べ
宇和島の友人徳田さんのヨット「だんだん」を見せてもらい

無料実験の終わった高速道路を使って15:00には家に帰り着く

2011年07月30

諒を求めて四国カルストへ

昨日夜と言ってもまだ明るい内に寝始めた
暑くて寝苦しいので高原へ行ってみるかと言うことになり
いきなりテントを車に積んで四国カルストを目指した

風が強くてテントを張り終えるまでガタガタ震えながらテントを張る

放牧してある牛が近くでなくのとテントが風に吹かれて音を立てるので夜中に何度も目が覚めた

朝起きてテントをたたむ時もまだ風が強かった

キャンピングカーが3台とハイエースのハイルーフ車が一台別のキャンプ地に泊まっていた
彼らは僕たちのクルージングのように長期滞在している様だ

夏は涼しいところ冬は暖かいところが良いなあ

2011年07月29

ヨット工作教室終了

今度ヨット工作教室を受講した石原さんは
お爺さんの代から造船をやっている人で
墨壺も墨指しも持ったことがないというのにあっという間にきれいに現図を終わらせた

元々工業大学造船科出身で
パソコンを使ってオーナーが要望される船の設計をするのが仕事だそうです

ベベルの出し方やダイヤゴナルラインの書き方やシアーやチャインラインの展開を教えて欲しいと言われましたが
僕は設計者ではないし今までその必要がなかったのでやり方を知りません
ベベル定規の作り方をかろうじてやったことがあったのですが
それもうろ覚えで二人で考えながらやりました

実際に現図を描いた船を作ることはないと言うので
実艇を作る為のマイラー紙による型取りや作り方の説明は省略して
昨日で予定より3日早くヨット工作教室は終了しました

石原さんはせっかく愛媛に来たのだから今日は愛媛の造船所巡りをするそうです

僕はAMAGIの残り仕事や花丸船倹の段取りをします


2011年07月28

「花丸」を見に行く

台風6号の増し舫にも行けず放ったらかしだった花丸だが
久さん隅田さんが面倒を見てくれたそうで無事だった

船倹が切れており上架して船倹を取る必要がある

改造や修理をしたい箇所も沢山有り
今回は長期上架で全部終わらせたいと思っている

ヨット工作教室はいよいよ各部品としての材料型取りにかかる
何時もより随分早く進んでいるなと思う

2011年07月27

ヨット工作教室 第2日目

昨日は早くも正面図に移る

夕方には左右に前半分と後ろ半分の正面図を描き終える
そのままオフセットの数字を追いながら同じ事を繰り返すのは時間の無駄なので
マイラー紙という伸び縮みが非常に少ないフイルムにそれぞれ半分ずつの正面図を写し取り
左右を反転させて写し取ることにする

ここまではただただ図面のオフセットという高さと半幅を表す数字を現図板にプロットしていくだけで機会のような作業だが
ここからは平面図と側面図と正面図をきちんと数字で出ていない部分も合わせる必要がある
3方向から見た図面をきちんと描き終えてから
船首やセンターボードやラダー等細部の製図にかかる

今日は何処まで行くか楽しみです
今度の生徒さんは全部が頭に入っているプロなので正確に素早く仕事をこなす
こうするんですよと最初のとっかかりを説明したら後は僕は暇になる


2011年07月26

ヨット工作教室 第1日目

石原さんは現図作業はやったことがないと言うが
墨壺も墨差しもお手の物で細い線を正確に素早く引いて
あっという間に原寸図を引く前の碁盤の目を弾き終える

その上に先ずは側面図を図面の数字を追いながらプロットしていく

その点をバテンで繋いで魚型ぶんちんでバテンを押さえておき
墨差しで曲線を引く

腰が痛くなったと時々写真右のぶら下がり器にぶら下がりながら昨日は平面図まで描き終える
僕でも一日にそこまでは描けないかも知れないと言う早業でした
しかも仕上がりは正確できれいな図面です

23メートルとかの大きい船をFRPで作るにはちょっともったいない腕の持ち主
でも今更木造船を発注する人も居ないだろうし
几帳面な性格と腕がもったいないという気がします

木工はやったことがないと言いますが木工でもきっと良い仕事をするでしょう
石原さんの造船所では木工や電気工事は外注だそうです


2011年07月25

ヨット工作教室

工場の2階を少し片付けて現図スペースを確保

これでヨット工作教室第一段階の現図描きの仕事が出来る

熊本県天草から8時間かけて松山に着いたという受講生の石原さんと少しお話しをする

造船所の次期社長で実際に作る船の設計はパソコン造船設計ソフトを使ってやっているそうです
現図はプリンターがマイラー紙にパソコンからの指令で書いてくれるのだという

う~ん 何を教えたら良いんだろう?

それでも現図の基本が解っていないと細部のことは職人に任せてやってもらうしかないと言う事で
基本を体感するためにヨット工作教室を受講する気になったそうです

学校で造船を学んだ人でおまけにプロとして舟を作っている人に
アマチュアからヨット作りの世界に入った僕のような半端職人が教えることがあるんだろうか
ちょっと心配ですね


2011年07月24

「AMAGI」シェークダウンスタート2日目

22日の夜は堀江港に停泊 水漏れを確認する

23日朝は霞がかかったような海で周りが良く見渡せない天気のまま二神島へ向けて出港
瀬戸内海の航海では潮の流れを読むのが大切

潮は連れ潮だったが風は微風でおまけに向かい風 なかなか進まない


とりあえず潮流に乗って微風の中何とか二神島に到着した

過疎の漁村で開いている旧桟橋に着けて近くの宇佐八幡宮という神社が有る丘に登る
神社の森の隙間から下に泊めているAMAGIが見えた

帰りのコースも潮が反転して連れ潮
風の無い中何とかアンカレッジマリーナにたどり着いた

瀬戸内のヨットは風よりも潮を読めというのは大当たりでした

水上バイクの上架を少し待って上架してもらい無事に第1回目のシェークダウンは終了した

プロペラシャフト グランドパッキンの締め付けがゆるく
海水が入ったがこれは調整したら直るものだからあまり心配はいらない

次のシェークダウンでは大三島へ国宝群を見に行こうと言うことになる


2011年07月23

「AMAGI」シェークダウンスタート

[AMAGI]シェークダウンのスタート

昨日はオーナーと二人初めてまともなセーリングをする
風もそこそこ有り浪もなく絶好のセーリング日和
昼も過ぎてからだったので堀江湾を帆走

AMAGIは手放し帆走が出来る珍しい船だと言うことが解った
40年以上前の船でアビームからクローズまでの帆走で手放しが出来るとはおそれいる

最近の船でも直進性が悪くて性悪のじゃじゃ馬みたいな船はいくらでも居る
先ずは船の素直な走りというのが第一で
乗り手をティラーから解放して走らせることで安全面や船での生活への余裕を生む

シェークダウン第1日目は大した問題は見つからなかった
問題はグランドパッキンを緩めすぎていたのでビルジが多かったくらいか
そのまま堀江港でオーナーは船中泊今も停泊している

今日は朝から潮に合わせて何処へ行くか決める事にした


2011年07月22

伊豆大島岡田港入港寸前の「蝉丸」

昨日1日 12時間ほどかかって高速道路で横浜から松山に帰り着いた
慣れない車の運転でくたくたに疲れた

でも台風が行きすぎた後出発したので通行止めも無く風も強くなく雨もほどほどで全く問題なし

日替わり写真は16日に写した「蝉丸」の写真を使う事にした
朝06:30に出航して夕方19:00くらいで明るい内に入港できたが
東京湾を出てクルージングをするのは大変な労力が必要だ

瀬戸内海のヨット乗りは恵まれているなあと言う話しになった
僕の所から日帰りで行ける港が10箇所くらいはあるだろう

一泊するつもりなら何カ所有るのか行ったことがないところがまだまだ有る

瀬戸内海の島で行ったことがない港はないと言える様になるには何年かかるかなあ
それをやるのも面白そうだと思う


2011年07月20

「智丸」チークベンチ取り付け

6枚有る智丸のチークベンチを19日朝仕上げて
ベイサイドマリーナへ取り付けに行く

雨が降ったり止んだりで雨宿りをしながらの取り付け
仕事はなかなか捗らず取り付け終わったのは昼も随分回ってからだった

何だか遊びすぎ仕事のしすぎで疲れた感じがあり友人宅に帰って昼寝
台風6号の影響で東名通行止めを知ったのでもう一晩泊めてもらうことにした


2011年07月19

「蝉丸」航海

大岡川→中村川→堀割川と添田さんの家の前から船外機付きの小舟で「蝉丸」に向かう

自作15年の後3年前に進水した「蝉丸」26フィートガフカッターで
伊豆大島岡田港へ向かう

何故か向かいからの強力な潮流に押されてなかなか進まないず
到着したのは日没後暗くなる寸前の19:30だった

翌日は千葉県保田漁港へ潮に押されて6時間ほどの航海で到着

暑い日で直ぐに風呂とビール

翌日18日には早くも横浜に帰らないといけない
途中萩生漁港に入って漁船に横抱きさせてもらい昼食

鳳運河に帰り着き台風の増し舫をかわしながら入港
夕方には船外機で家にたどり着いた

横浜までのドライブで随分疲れていたのが
少しは楽になった2泊3日の航海だった

自作のヨットも随分見てきたが最高級の出来映えの「蝉丸」だった
7・8メートルというサイズは単独航で近場の航海には一番良いサイズだと改めて思った


2011年07月15

今から横浜へ

15日の朝01:15今から車を運転して横浜へ向かう

智丸のチークベンチはチークの幅が狭かったので黒色シーカフレックスが不足
直ぐに発注して昨日何とか注入を終えた
研ぎ出しは横浜の友人宅ですることにした

実際にベイサイドマリーナで智丸に取り付けるのは19日にする

それから松山に帰るつもりだが台風6号が来て居るのが少し心配だ


2011年07月14

智丸のチークベンチ

チーク目地に入れる黒色シーカフレックスの分量を読み違え
最後まで終了させることが出来なかったので横浜出張は遅れることになる

「智丸」オーナーの了解を得てベイサイドマリーナでの取り付けは19日に変更

それでも横浜へは15日に出発します
友人が自作した「蝉丸」という7.8メートルガフカッターに乗る為です
若い時によく走った東京湾近辺がどんな風になっているのか楽しみでもあります

AMAGIの仕事で進水前の数ヶ月はちょっと頑張りすぎたようです
何時も昼前にはどっと疲れが出て眠くなる

少し仕事のペースを落としてのんびりしようと思う


2011年07月13

AMAGIの次は智丸

僕が初めて造ったクルーザー「萬丸」改め「智丸」のチークベンチ
チークの留めに木ネジを使い埋め木をしていたので埋め木が外れた部分が有り
全部チークそのものを張り替えることになった

今度はシーカフレックス298を使い接着工法にする
もちろん埋め木は無しで埋め木が抜けて無くなると言うことは心配しなくて良くなる

チーク目地を埋める為の290DCが不足し工期が少し遅れることになりそうだ

修理仕事は何もないところへ作るのとは違いやはり手間がかかる
AMAGIレストアは古い使い物にならない部分を撤去するだけで何ヶ月もかかった

明日には智丸のチークベンチを車に積んで横浜ベイサイドマリーナへ出張です


2011年07月12

AMAGI

和式で松山神社の神主さんに来てもらって正式な進水式の後
オーナーの奥様がシャンペンをAMAGIの船首と船尾にかけて今度は洋式の進水式
原さんに進水祝いに頂いた冷たいシャンペンで乾杯

AMAGIの船籍は三重県です

志摩ヨットハーバーで最高の場所に係留されます
但し台風が終わるころまではチューニングで松山アンカレッジマリーナに留まります

北山オーナーが舵を持ちいよいよ出港
僕と逗子から来られた渡辺さんがクルーを務めました


2011年07月11

AMAGI 進水式


AMAGのオーナーと奥様


松山神社の神主さんに来ていただいて正式な進水式
これほど正式な進水式はヨットでは始めてみました

広島から3人 愛媛のヨットの知人が沢山
滞りなく式も終わり最後にご挨拶をされるオーナー


アンカレッジマリーナのクレーンで運ばれ無事進水


広島から上原さんと奥様がモーターボートで写真を写しに来てくれました
やはり外からAMAGIを見たシルエットは最高です

瀬戸内海の微風で思ったような帆走は出来ませんでしたが
天城の設計者で初代オーナーでもある渡辺修治さんの御子息渡辺康夫さんと奥様も逗子から駆けつけ
この日は渡辺さんと僕がAMAGIのクルーをやりました


初セーリングも終わり無事マリーナに帰り着きました

暑い一日マリーナの人たちにも随分お世話になりました

AMAGIは台風が終わるまでアンカレッジマリーナに滞在し
その後の調整をします
時々乗艇した時は又瀬戸内海のAMAGIの様子をご報告します

1年10ヶ月に及ぶ天城レストアに付き合って下さったサイト訪問者の皆様ありがとうございました


2011年07月10

AMAGI 進水式

いよいよ今日13:00から新生「AMAGI」第二の進水式です

船舶検査も僕が岩手県へ復興支援に行っている間に
真澄人君が何度もマリーナに通い何とか通してくれました

ストーブの煙突穴が問題になったようですが
船倹証書も昨日郵送で受け取り今日は無事に進水式が出来る事になりました

長いような短いような1年10ヶ月の天城レストア劇でした
やったことのない一仕事を無事やり遂げられたのはひとえに北山オーナーのおかげと感謝です

逗子から「天城」設計者で初代オーナーの御子息 渡辺康夫さんと奥様も出席されます
お父さん渡辺修治さんが設計され加藤造船で建造した天城が蘇り再び乗る事が出来る事を
それはそれは楽しみにされています

きっと古いヨット乗りなら「天城」の名前を知っている人も多いことでしょう

進水して45年近く経った船を再びレストアして海にデビューさせると言うようなこともあるんですね

アメリカやニュージーランドで実際に100年経っていると言う木造艇を見ましたが
AMAGIも大切にされ100年の命を長らえる船になるかも知れません
今でも幻の名艇ですから100年後には何と呼ばれるんでしょう


2011年07月09

きれいに無くなった家

岩手県岩泉町小本にあった小成棟梁の家は津波できれいに無くなっていた

海側にあった2軒の家が流されてきてもたれかかり一階が完全に壊れてしまったのだそうだ

その後ろの家は水に浸かった一階を修復して何とか住めるようになったということです

Google Earthでしばらく見えていたオレンジの屋根も解体撤去後は見えなくなりました

この前に立つと涙が出てくるというのは奥さんの言葉
80歳と75歳のご夫婦にとって瓦礫の後片付けも大変だったようです

今港には置き場のない宮古地区の瓦礫まで運び山と積まれた瓦礫からハエが飛んできて
どこもかしこもハエだらけ昔ながらのハエたたきが大活躍です

家を建てるなら津波の来ない高台にみんなで引っ越ししようと町内で話し合っています
本当の復興はまだまだ先のことのようです

7月10日(日曜日)午後いよいよ新生 [AMAGI] の進水式です


2011年07月07

岩手県下閉伊郡岩泉町小本へ昔の棟梁に会いに行った

兼松江商という商事会社がやっていたヨット工場でお世話になった棟梁です

小成棟梁は現在80歳ですがきわめてお元気でこの震災で仕事をせざるをえなくなり
毎日朝04:00から仕事です

小本地区もその隣の太郎と言うところも宮古も沿岸でウニやアワビの漁をする小さい漁船は殆ど全滅です
現在船は漁協や地元の造船所やヤマハなどで何とかなりそうなのですが
その船の上から海底を覗いてウニやアワビを竿で採る のぞき眼鏡も船と一緒に殆どが流されたそうです

およそ700人の漁師がいます
他のメーカーもあるそうですが小成りさんののぞき眼鏡がよいと毎日のように人が訪ねてきます

他に船の修理なども入りとんでもない忙しさなので僕もほんの少し船の修理の方を手伝いました

岩手県は良いところです
山が深くて海がきれいで人は純粋で
何でこんな所を大地震や大津波が襲ったのか

粘り強い東北の人たちはきっと復興を果たすことでしょう


過去の日替わり写真

             
             
             
             
             
             
             
             
             
               
               
               

 

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